-妊娠初期のX線検査でも奇形児は生まれません。中絶は必要ありません!-
1960年代の初めには妊娠中の婦人のX線検査が大問題でした。当時の医学では「胎児、特に妊娠初期は細胞分裂が盛んであり、分裂の盛んな細胞ほど放射線に弱い。」と考えられていましたから、妊娠中のX線検査を受ける事は誰だって「危ない事」、「いけない事」だと考えていました。
とは言うものの、X線検査を必要とする女性は少なくありません。検査の前に「妊娠の可能性はないですか?」と質問したところで、いちばん細胞分裂の盛んな妊娠直後は本人に聞いても分かりません。排卵が起こって、受精するのは月経開始後10日以降ですから、絶対に妊娠していない時期に検査を限ろうとするならば、チャンスは月経の開始から10日間だけとなります。そこで女性の下腹部の検査は、月経開始の後10日間にというルール、「10日間規則」ができました。
この「10日間規則」は1970年代には徐々に緩められ、1980年半ばには、アポトーシスという機構が働いて奇形は発生しない事が分かってきましたので、事実上取り消されました。あるいは発生する場合でも、その線量は案外と大きい事が分かってきました。奇形発生の最小線量としては、1986年の国連科学委員会報告書は、受精後1日は奇形の発生なし、奇形が発生するのは、受精後14日から18日で250ミリグレイ、50日で500ミリグレイと報告されています。一般的なX線検査で胎児が浴びるのは、大きく見積もってもせいぜい10ミリグレイ程度ですから、慎重に考えても「10日間規則」にあてはめる必要がない事が明らかとなりました。
これだけですむ話ならば、何も問題はないのですが、この一連の知識の変遷の中で、「X線検査を受けると奇形児が生まれる」という類の話に、社会は異常なほど敏感に反応しました。そして、「妊娠に気がつかないでX線検査を受けてしまったら、奇形児が生まれるかもしれないから、人工妊娠中絶術を受けたほうがよい。」という間違った常識が定着してしまいました。
前述したように、今では一般的なX線検査では奇形児が生まれる事はないことが明らかとなりました。「妊娠に気がつかないで一般的なX線検査を受けてしまっても、奇形児が生まれることはないので、人工妊娠中絶術を受けることは必要ない。」というのが、新しい正しい常識です。
正しい放射線と妊娠の知識を持つ事によって、無駄な人工妊娠中絶などを受ける事がないように注意しましょう。