□きちんとした周産期医療ネットワーク自体が存在していない。
熊本大学附属病院産科に母体搬送をしようとすると、産科には入院の決定権がなく小児科(NICU))が診れないという理由で断られることがしばしばです。また、熊本市民病院では超未熟児のためにベットをあけておくとの理由で妊娠34週以降の母体搬送は受け付けてもらえません(暗黙の了解事項となっているようです)。
実際、ある妊婦さんから投げかけられた疑問は、「入院の順番を診察もしない医師で決める権利があるのか?。妊娠40週過ぎの分娩でも緊急のことがあるのに妊娠34週未満しか受けないという規則は誰がどういう権限で決めたのか?」と質問されました。「熊本市民病院のNICUの先生方は自分たちが命の助かる順番を決めていることすら気がついていないのではないか?」とも言われました。(今後、患者さんの権利意識の変化に伴いこのような患者さんが増えてくると思います。)
だれが、リーダーシップをとるべきか?
□周産期医療システムを整備するのは県の仕事、不備での医療事故の責任は県がとるべき
三重県などの例のように全国的に、産科医、新生児専門の小児科医が不足していることは明らかです。特に熊本県では母体送先が見つからず年間に20から30症例が県外に搬送されていることをを多くの県民に知ってもらうべきです。県は今の厳しい周産期医療の現状を広く知らせるべきです。県がこれから妊娠分娩を考えているカップルや出産予定の人たちに早産予防の重要性やお産で死亡する症例があることを広く啓蒙すべきです。
熊本県は直接には周産期医療にタッチしていません。他の県では県立病院に産科があり周産期医療に関して経済的にも応分の責任をとっているのに比べ、本来ならば県がすべき産科医・小児科医のネットワーク作りさえも日本産婦人科学会熊本地方部会(片淵秀隆教授)がしなければならない状態です(本来学会は学問的活動の拠点であり、産科医の人事等は関係ない)。
このような県の医療システム不備が原因で搬送先が見つからなく不幸の転帰を迎えたときには、その責任は個々の産科診療所・病院ではなく、適正な医療システムを構築できなかった県がとるべきではないでしょうか。そうすれば、勤務医や開業医の訴訟のリスクが軽減され少しでも産科や小児科に入局する研修医も増えてくると思います。
□財源がないなら九州みんなで協力すべき
熊本県で周産期ネットワークの財源がないのであれば、もっとも現実的なのは熊大産婦人科あるいは熊本市民病院産婦人科が窓口となって他県の大学医学部産科や小児科にお願いして、福岡や(久留米大学や聖マリア病院や徳州会病院)鹿児島(鹿児島市立病院)などへ母体搬送するネットワーク作りを(九州全体のレベルで)考えるべきです。福岡県では新水巻病院のように九州全体を診療圏としてヘリコプターでの搬送を考えている病院もあるようです。いずれにしてもお金がかかります。根本的に国の医療費削減が間違っています。
□公的病院はハイリスク妊娠・分娩のみを扱うべき。緊急入院のベット確保が優先事項
最後に公的病院(熊本大学病院、熊本赤十字病院、熊本市民病院)の産科ではハイリスクの妊娠・分娩だけを扱い、正常分娩の可能性が高い妊婦は産科診療所・病院に任せ、いつでも緊急入院に対応できるようにベットを充分に開けておくべきです。また、このことは産科・小児科の勤務医の労働軽減につながり、医療ミス・事故の防止や研修医の入局増加につながるかもしれません。
以上、日頃考えていたことを列挙してみました。今のままのレベルの熊本県周産期医療であれば、私たち診療所の産婦人科は、いつかは対応できない症例に遭遇し救命できないことが起こるのではないかと、眠れない夜を過ごしています。周産期医療に関わる医師たちは「自分がやらなければ誰がやるんだ。」という使命感だけでがんばっているのだと思います。けれども使命感だけでは乗り越えられない現実がもうすでに起こっています。周産期医療崩壊は始まっています。これ以上の崩壊を食い止めるため県の最大限の努力を県に期待します。
産科婦人科うしじまクリニック
院長 牛島 英隆