妊婦さんが仕事や買い物の途中で、突然に目の前が真っ暗になって倒れてしまうことがあります。これは血管迷走神経反射によるもので、医学的には神経調節性失神と呼ばれます。一般的に言う、いわゆる脳貧血の状態です。妊娠していないときには頭位を変えたり急に動いたりしたときに、血管の筋肉が自律的に働いて脳に血流を維持する仕組みが働くのですが、妊娠すると胎盤から体中の筋肉を柔らかくする効果を持つホルモンが大量に産生され、血管の筋肉もゆっくりとしか反応しないために脳貧血になりやすくなっているのです。妊婦さんは、素早い動作をなるたけ避けて、ゆっくり、ゆっくりと動く心がけが大事です(ちなみに貧血とは酸素を運ぶタンパク質のヘモグロビンが低い状態のことで脳貧血とは関係ありません)。
妊娠と失神については妊婦の1.6%が失神を、28.2%が失神前状態を経験しているとの報告もあり、代表的な妊娠中のマイナートラブルのひとつです。妊娠していない集団の発症率が1~3%ですからおおよそ10倍近く起こりやすくなっています。
ところが、同じような妊婦の突然の失神症状で命に関わる病気があります。血の塊が血管に詰まって起こる血栓塞栓症です。妊婦の深部静脈血栓症のリスクは非妊婦の4~50倍と言われ、多胎妊娠、下肢静脈瘤、炎症性腸疾患、尿路感染症、糖尿病、肥満35才以上の高齢出産、3日以上の入院安静、帝王切開があると危険性が高くなることが報告されています。妊婦の死亡原因の2~3割を占めています。
血栓塞栓症を起こした時には、心電図や深部静脈の超音波検査、血液凝固検査、造影CTなどの検査が緊急に必要な事があります。前述の血栓症リスクの高い妊婦さんで失神症状があった時は、時間との勝負の事がありますので高度なレベルの検査や治療のできる救急病院を直接、受診されることが必要です。