「ペットにネコを飼っているのですが大丈夫でしょうか?」等の質問を妊婦さんから尋ねられることがあります。猫からも感染する先天性トキソプラズマ症が、ここ数年では、年に10症例前後と増加しています。今妊娠している、あるいはこれから妊娠を予定しているお母さんが注意すべき点について考えてみましょう。
[先天性トキソプラズマ症の感染経路]
トキソプラズマはネコを宿主とする人畜共通感染性の寄生虫です。ヒトからヒトへ感染することはありません。
先天性トキソプラズマ症の感染経路は、加熱処理の不十分な肉(馬刺、牛刺、鳥刺、レバ刺、鹿刺、レアステーキなど)に生存する寄生虫のたまごや、土やネコの糞に存在するたまごが経口的に感染することによって感染が成立します。その後トキソプラズマは血管を介して胎盤に感染・増殖し、胎児の脳などの臓器にまで感染していきます。母体感染から胎内感染の成立までは数ヶ月かかることが分かっています。
ほとんどの症例において母体は無症状ですが、妊娠中の初感染の約30%が胎盤を通して感染し、数~20%に典型的な先天性トキソプラズマ症状(顕性感染:胎内死亡、流産、網脈絡膜炎、小眼球症、水頭症、小頭症、脳内石灰化像、肝脾腫など)を発症します。 しかし、出生時無症状であっても、成人になるまでに網脈絡膜炎や神経症状(てんかん様発作、痙攣など)等を呈することがあり、トキソプラズマ胎内感染の実態は今でもはっきりわかっていません。都市圏での頻度から約0.05%の発症と推定されています。
予防対策としては、
1) 食用肉はよく火を通して調理すること、
2) 果物や野菜は食べる前によく洗うこと、
3) 食用肉や野菜などに触れたあとは、温水でよく手を洗うこと、
4) ガーデニングや畑仕事などでは手袋を着用すること、
5) 動物の糞尿の処理時は手袋を着用すること、
6) 妊娠初期から予防や抗体検査につとめること、などをあげています。
[トキソプラズマ胎内感染の診断]
以上から、先天性トキソプラズマ症の予知として妊娠中の母体トキソプラズマ初感染の有無が重要です。妊娠中、初期および中~末期、もしくはトキソプラズマに曝露した可能性がある時期から2週間後に抗トキソプラズマ抗体(PHAまたはLA法)を測定し、ペア血清で4~8倍以上の抗体価上昇もしくは陽性化が認められれば初めての感染であると診断します。また、トキソプラズマ特異的IgM抗体が陽性であることは、最近の感染の可能性が高いことを示唆しますが、疑陽性が多いことも指摘されています。
近年、専門施設に相談することによってトキソプラズマIgG抗体のアビディティ(抗原結合力)を測定することが可能になりました。感染初期にはIgG抗体のアビディティは低く、時間とともに強力になっていくことから感染時期の推定することが出来ます。これによって妊娠初期にIgMが陽性であった妊婦の約80%は妊娠前の感染であると診断され、不必要な中絶や羊水診断、薬物療法が回避できることが報告されています。
[トキソプラズマ感染妊婦の治療:先天性トキソプラズマ症の予防]
アセチルスピラマイシンを早期から服用することによって胎内感染率の約60%の低下が報告されているため、妊娠中のトキソプラズマ初感染が否定できない場合には、極力早期から服用を開始します。本剤は胎盤に移行することによってトキソプラズマ原虫の胎児への感染を予防できますが、羊水検査により、すでに胎内感染が成立している症例には効果がありません。羊水検査にて胎内感染が成立していない限りは、分娩まで服用を継続します。
羊水検査で胎内感染と診断された時には、胎児胎盤間における駆虫効果がアセチルスピラマイシンよりも強いファンシダール(R)(ピリメタミン25mg、スルファドキシン500mg)に変更し、定期的に胎児異常(脳室拡大や脳内石灰化、肝腫大、腹水、羊水過多など)の有無を超音波検査でチェックしていきます。
完全な治療法が確立しているわけではありませんから、1)~5)までの予防が一番大事です。妊娠したら、日常生活においていつもよりさらに衛生面に気を付けましょう。